「…人生って、さ…不思議だよね」



コヴォマカに帰ってきて、しばらく。何日過ぎたかなんて、気にしないからわからない。



「言うなよ、今更なこと」



ただ言えることは、毎日は今までどおりのようで、だけど決定的に変わってしまった。



「カミサマナンテモノガイルンダトシタラ…ナニヲカンガエテルンダロウナ」



いつもいつも遅刻しては、同じ言い訳をして、怒られていた彼女。



「…」



時々先生らしいところを見せたかと思えば、たいていは子供っぽい部分と半々だった彼女。



「シュイもリーベも、…いないノ。肝心なときに留守にしてて、頼りにならない…ノ…」



そんな彼女を慕っていた、少年と少女。一つ屋根の下に暮らしたその2人は、兄妹ではなかったが仲がよかった。









少女以外の2人は、…もう二度と会えないだろう。



ひとりは遠くに旅立った。二度と会えないような、ずっと遠くに。

ひとりはついに帰ってこない。風の星で、皆が見ている前で、どこかに行ってしまった。

少女にしたって、退学して、復讐という目的の為に修羅の道を行くと語って、いなくなった。









…もう会えないと。そう、思っていたのに。そう思っていた方が、踏ん切りもついたのに。















「はじめまして!今日からこのクラスに入ることになりました」



明るく笑うその仕種。何故だろう、似すぎていた。















先生の授業も耳に入らない。

メモを取ろうとする手も、満足に動かない。

ただ、目だけが『彼女』を見ていた。



「〜♪」
初めての学校に、緊張と期待を隠せない様子の彼女。
彼女だけが、周りからの視線に気付かず、黒板に刻まれる文字を目で追っている。



「…似すぎてる」
誰が、そんな事を言い出したのか。
そんな事を言うから、ますます彼女にあの人の姿が重なって見えてしまうというのに。
「…帰ってきたんだよ。先生が生まれ変わって、帰ってきたんだよ…!」
ウサギ族の少女が、小さい声で言い出した。

そうなればもう、それは嘘だと知ってなお止まる事はない。

「そうだよ…絶対に先生だよ。違う名前を名乗ってるけど、私たちに会いに来てくれたんだわ」
「そうなノ!先生も僕たちに会いたいって思っててくれてたノ!」
今にも騒ぎ出さんばかりの勢いで言葉を羅列する2人。…ただ、他の3人は黙っている。

「…そう思いたいよ、俺だって」
「私も。皆が帰ってきてくれたら。皆で一緒にいられたら。何度も考えた」
「でも!先生は今、そこにいるんだよ?」
「…ジャスミン。…アエテイウケドナ。センセイハ、モドッテハコナインダ」
「そんなのわからないじゃんかっ!先生は凄かったんだぞ!何でも出来ちゃう凄い人だったんだぞっ!?」









「静かにして!!」

教室に響いた声。



「さっきから何を言ってるの!?先生の話が聞こえないじゃない!」
声をたどれば、少女が後ろを振り返ってこちらを見ていた。
「お喋りするなら、教室の外でやっててくれるかな」

ほんの少しむくれた表情。視線をしっかり合わせて、返事をするまで離さない怒り方。



「…ねえ、先生なんでしょ?」
「…は…?」
「とぼけたってわかるよ。マドレーヌ先生なんでしょ!?」
だいぶ、押さえ込んでいたものが溜まっていたのだろう。ジャスミンは少女に食って掛かる。
「誰、それ?」
「ふざけないでよ!どうしてそんな他人のフリするのよーっ!」
「こら、やめろジャスミン!」
慌てて、少年がジャスミンを羽交い絞めにする。
「何すんだ、離せよポモドーロ〜っ!」
「オマエコソオチツケ。…ナンドダッテイッテヤルゾ。センセイハ、ニドトカエッテコナインダヨ」
なだめる、というよりは現実を見せ付けるように、古代機械はジャスミンに語りかける。
「カフェラテまで…。なんだよなんだよ。みんなだって、先生が帰ってきたって一瞬でも信じたくせに」
「…。そりゃあね。私だって信じたかったわ。…でも、それは覆しようの無い既成事実なのよ」
あなたとは違って、事実から目を背けたりしないわ。少女は言う。
「………」
教室中に広がった気まずい雰囲気。彼らが押し黙ったからか、彼らが雰囲気に飲まれて黙ったのか。



「…。なんのことだかわからないけど、今は授業を受ける時間でしょ?
ほらほらっ!こんな湿気た雰囲気作ってないで、授業授業ー!」
ただ彼女だけが、雰囲気に飲まれていない。

いつもそうだった。どんなに気まずくなっても、『彼女』が笑うたび、雰囲気なんてものは吹き飛んでしまった。



「…確かに似てるよ。でもさ、マドレーヌ先生じゃないんだよ、ジャスミン」
「…」
「…ぁー…騒いだりしてすみません。授業、続けてください」
腕の中のジャスミンを諭すように呟き、ばつが悪そうにポモドーロは席に着いた。















「………」
昼休み。少女は窓から外を見ていた。
「…何なんだろ、ここの子たち」
いきなり授業中に大声を出したかと思えば、自分のことを先生と呼ぶ。
はっきり言って、第一印象は最悪そのものである。

フリルが付いたピンクのツーピースドレスとケープ。
緩やかにウェーブしたライトブラウンの髪、深く透き通る赤紫の瞳。

ただ、彼女の名は、マドレーヌではない。

「…」
ちらりと、視線を移す。…彼らは誰が見ても落ち込んでいる。
「…何か、あるのかな…」



「どうかしたっぴ?」
「?」
顔を上げると、いつの間にか隣にヴォークスがいた。
「悩みがあるなら、いつでも相談にのるっぴよ?」
「…ピスタチオ、先生…?」

彼は、少女が学校に来てから、一番最初に出会った人だった。
生徒からの評判は、いいんだか悪いんだか、よくわからない。
でも、私はいい人だと思う。優しいし、話もしやすいし。

…色々なことを、先生は知っているような気がした。

「…クラスの子から、変なこと言われて」
「変なこと…。悪口だっぴか?許せないっぴー!」
「あ、その、違うんです。悪口じゃありません」
「ぴ?…なんだ、違うっぴ?」
ぷんすかと頭から湯気でも出しそうな雰囲気だった先生。
違うと言うなり、きょとんとしながら尋ね返す。

「マドレーヌ、って。知らない名前で呼ばれたんです」
「…ふぅん…。『マドレーヌ』っぴねぇ…」
ふと、彼は遠い目をしながら、呟いた。
「知ってるんですか?」
「この学校で知らない人はいなくて…一部の人にとっては、忘れられない恩師の名前だっぴよ」
そう前置きして。



「柔らかく笑うだけで、周りの皆を安心させる。真剣な顔で何かを言えば、それは絶対の真実になる。
あの人は、この世界の全てを知ってる…。何度もそう思わされたものだっぴ」
「世界の、全て…?」

「ホントは、そんなことはないっぴよ?マドレーヌにだって知らないことはあったし、苦手なものもあったっぴ。
…ただ、ひとつ言えることは…。マドレーヌは、『愛すること』を知ってたっぴ」

「…凄い人、なんですね。『マドレーヌ』って」
「そう…凄い人だっぴよ」



「…もう、ここには…この世界には、いないっぴけどね」
「…」

「あの5人は、マドレーヌを見送って、帰って来たっぴ。
…きっと滅入ってるんだっぴ。もう二度とマドレーヌに会えないって、知ってしまったっぴ」
「…。その人…、私に似てるんですか?」
「………」

じっと少女を見据えた後、先生は言った。
「似てるっぴよ。口では信じてるから任せるとか、もう知らないとか言いながら…。
結局は誰かさんの心配なんてしてたところと、特にそっくりだっぴ」
「…!」

落ち込んでるあの子達を見て、少女は確かに、『何とかしてあげたい』と…そう思っていた。
できることがあるなら、それをしてあげたいと。相手を理解してあげたいと。

先生は、穏やかに笑う。

「きっと君なら、将来、いい先生になれるっぴ」
「私が、マドレーヌに似てるから?」
「…。そうだとしても、違っても、君はマドレーヌじゃないっぴ」
「…??」
先生の言うことが、少女にはまだわからない。

だけどいつか、その意味を理解する日が来るのだろう。おぼろげに、そんな気がした。









「…あの、さ」
「…?」
おずおずと、少女が声をかけてきた。…確か、ジャスミン、だったか。

「それじゃ。…がんばるっぴよ?」
先生は手を振ると、教室を出て行った。



「…その。授業のとき、当り散らしちゃって…ゴメン」
最初に見かけたときのような元気が、今の彼女には無い。
「…。いいよ。もう気にしてない」
「ホント?」
「うん、ホント。だからさ、元気出して。…らしくないよ?」
そう言って、少女はジャスミンに笑いかける。

「…ゴメンね、びっくりしたでしょ」
ジャスミンもつられたように、弱々しく微笑んだ。
「うん、びっくりした。いきなり『先生でしょ?』だもん」
「似てたからさ。つい、そういうこと言っちゃったんだ」
ふたりぶんの、もう少しだけ大きな笑い声。



「…。ねえ、マドレーヌって…どんな人だった?」



「…正直言っちゃうと、よくわかんない人だった。
明るくて優しくて、かと思えば厳しかったり子供っぽかったり。
でも、そういうの全部ひっくるめて…いい人、だった」
「…そうなんだ」

少女は目を閉じて、『マドレーヌ』を思い浮かべた。



「…私は、マドレーヌじゃないよ」
「うん。…わかってる」









「マドレーヌじゃないけど…きみの、きみたちのつらいこと、かなしいこと。少しは持ってあげられるよ?」
「…、え?」



「ほら、言うじゃない。『たのしいことはふたりぶん、かなしいことははんぶん』って。
ひとりで持ってたら潰れちゃうかもしれないでしょ?」
そう言って、笑う。



「…なんで?」
「?」
「なんで、そういうこと言ってくれるの?私、嫌われたっておかしくないことしちゃったのに」

そう。こうして話している今も、少女はジャスミンのことを好きじゃない。
だけど、決して『嫌い』と言い切ってしまえるほどではなかったし。

「…だって、クラスメイトでしょ?これから、この学校を出て行くまで、ずっと一緒でしょ?
それなのに、放っておいたりなんて、できないよ。…私は、クラスメイトだから。みんなのトモダチでいたいから」

そんな彼女たちとも、いつかは友達になりたいと思った。友達になれると信じていた。

「…だから、さ。話してくれないかな、私に。きみたちが見たこと、聞いたこと、感じたこと。全部じゃなくていいから」



少女がそういうと、ぽつりぽつりと、ジャスミンは話し始めた。









先生を追ってロケットに乗って、風の星じゃなくて土の星に不時着して。
シュイが追いかけてきてくれて、一緒に古代機械たちに捕まって。
逃げ出して、勇者様になって、ロケットを見つけて。






「…でさー、そこを私がどばーん!ってやってさ!ジャスミン様の大活躍、見せてあげたかったなぁー」
いつの間にか、大きく加筆修正されたジャスミンクエストを聞かされていたりした。
「なるほど、さすがは勇者様!向かうところ敵なしね」
「んー、わかってるじゃーん。そうとも、私は勇者だからね!」

「チョット マチナ!」
そんなとき、横槍が入った。

「コノオレヲサシオイテ、ユウシャヲナノルナンテ ヒャクネンハヤイゼ!」
「むぅー、なにさー。ラッコごときにやられて、晒し首にされてたクセにー」
どどん、とか効果音がつきそうなほど派手に登場したカフェラテだったが、一蹴。

「…ア、イヤ、アレハソノ…ソウダ。コマッテタラッコノタメ、アエテコノミヲギセイニシタノサ!」

勢い、減退。

「…さ、晒し首…?…よくわかんない、けど…。自己犠牲なんて、カフェラテは優しいんだね」
話を飲み込めなかったが、それでもすごいと少女は笑う。
「ヤサシイ? …チガウナ。オレハタダ…」

「『カッコつけたいだけの、カッコ悪い男さ』…だろ?」
「ア、ポモドーロ!ヒドイジャナイデスカ、ヒトノセリフ ヨコカラカッサラッテ!」
「活躍ってんなら、チャイのことも忘れちゃいけないぜ?
宇宙警察の悪事を暴けたのは、チャイが書類をぶん取ってきたからだ」
「…シクシクシク…」

思い切り無視されてヘコむカフェラテ。

「シュガーの水の魔法がなきゃ、もう死んでた…なんて場面もあったな。
みんなで力をあわせて、焼けた森を生き返らせるとか。色々あったんだぜ?」
「そうそう。チャイが『ジャックと豆の木』みたいに、にょろにょろーっと蔦を伸ばしたりさー」

カフェラテなど、もとより存在しないかのような一同。

「…あ、あの…カフェラテはいいの…?」
恐る恐る尋ねると、返事はすぐ返った。
「いいんだよ。カフェラテってめげないし、いつもこんな扱いだから」
(…いいのかな…?)

…せめて、カフェラテに声をかけるくらいしてあげて欲しかった。










いつしか、夢中になっていた。話をすることに、話を聞くことに。
嬉しいこと、悲しいこと、決意、迷い。全ては少女と彼らとの間に共有された。

少女は、自分がマドレーヌになったかのような錯覚を、一瞬抱いた。

きっと彼女は、こんな気持ちで生徒達の話を聞いていたんだ、と。
きっと彼女は、生徒達と一緒に笑ったり泣いたりしていたんだ、と。

…ああ、いいヒトだったんだな。こんなにもたくさんの生徒達に慕われて。









「…うん。ちょっとだけ、気分が軽くなった…気がする」
「聞いてくれてありがとアロ○リーナ、なノ!」
「…チャイ。ソレけっこう死語だよ?」
「いいノ!」

「じゃーねー!」
「さよならなノ!」
少女が解放されたのは、帰りのHRが過ぎてから1時間近く経ったころ。
ようやく満足したのか、ジャスミンとチャイはすぐに帰っていった。

「…ごめんね?ジャスミンにつきあわせちゃって」
「いいよ。私も、聞いてて楽しかったし」
苦笑いしながら謝ってきたシュガーに、笑って答える。
「もうこんな時間だけど、おまえは帰らないのか?」
「うん。学校は今日が初めてだし、一通り見て回ってから帰ろうと思って」
「そっか。あまり暗くなると先生に怒られるぞ?」
「わかってる。またね、ポモドーロ、シュガー」
「うん。それじゃあね」

あまり急ぐ様子もなく、ゆっくりと2人は教室を後にした。

「ジャ、オレモコレデ」
「…?そういえば、カフェラテは普段どこにいるの?」
「…。マア、イイジャナイカ。イエハアル、ココデアエル。ソレデジュウブン。…チガウカ?」
「そう…かな」
「ソウイウモンサ、ジンセイッテノハナ」
なんとなく、カフェラテが遠い目をしているように見えた。

「ジャアナ」
がしゃん、がしゃん。あまり小さいとはいえない足音が、次第に遠ざかっていった。















「………」
誰もいなくなった教室。夕日も既に沈み、空に一番星がはっきりと輝く頃。

少女は、空の色が変わっていくのを眺めるのが好きだった。
日が沈んで、太陽の代わりに星と月が空に輝き始めるのを見るのが好きだった。
東の空が明るんで、姿を消していく星たちとまた昇る太陽を見るのが好きだった。

少女は、空が好きだった。朝の光が好きだった。夜の闇が好きだった。

「…明日も、晴れるかな」

誰にともなく、語りかけるのが好きだった。誰かがいなくても、ひとり呟くのが好きだった。
姿を見ることはできないけれど、でも確かにソコにいる『何か』と一緒にいるのが好きだった。









「ええ、きっと晴れるわ」
だからだろう。あるはずの無い返事に、少女は必要以上に驚いて振り返る。



「…!?」
「…そんなにびっくりした?」
隣で微笑むのは、女性。









「この学校には慣れた?」

しばらく並んで空を見ながら、唐突な声。

「…いえ、まだ」
「そう…。でも、そのうち慣れるわ」
「はい…。たくさん、友達もできそうです」
「…よかった」
そういって穏やかな顔をしたその女性は、白いドレスのような服を着ている。
そして、女性の背には、蒼く輝く4対の光の翼。

「…女神様…ですか?」
「くすっ。…そう見える?」
悪戯っぽく笑うと、女性はばさりと翼を広げてみせた。光の粒が飛び散って、粉雪みたいに落ちていく。
「とても綺麗で…その羽」
「あら。私のことは綺麗とか言ってくれないのね?」
「ぁ。え、えと、あなたもすごく綺麗ですよ。…夜の空が、あなたの光に似合ってて」
慌ててフォローに入った少女を、女性はくすくすと笑う。



「…でも、私は女神じゃないわ。あなたがマドレーヌじゃないのと同じ」
「ぇ…?じゃあ、いったい…」
ただ微笑むばかりで、女性は答えない。



「…? 待ってください。なんで、私とマドレーヌを結びつけ―」
「でも、よく似てるから、これは絶対あなたに似合うわ」
少女には答えず、リボン飾りのカチューシャをどこからか取り出すと、少女にそっと被せた。
地の色は赤、黄色い水玉模様がちりばめられている。

「…うん、やっぱり。かわいい子って何でも似合っちゃうのよねー」
「…あ、あの…?」
満足そうに微笑む女性。反面、状況についていけず、少女はぽかんとしている。



…不思議なヒトだ。目の前の女性を見て、そう思う。
神秘的なのかと思えば、そんなものは跡形もなく消えていて。
大人なのか、子供なのか、わからない。少女には、そう見えた。









「うんっ。特別にかわいいから、ちょっとだけサービスしちゃおうかなっ?」
「え、あ、ちょっと?」
わけのわからないことを言いながら、女性は少女を背中からふわりと抱いた。
「…何、するんですか」

「ふふーんっ」
女性は上機嫌に笑うばかり。…次の瞬間にはふわりと跳び上がって、開いた窓の縁に立つ。

…少女を抱いたまま。



「…ええっ!?」
「いっくぞー!」









女性がその体を宙に投げ出す。翼を広げ、頭を下に、ただ落ちていく。

「………!!」

少女が何かを言う間もなく、彼女の目に飛び込む風景は移り変わる。



壁が地面になり、地面は地平線になり。









「…!?」



そして下降は、上昇に転じる。















飛びぬけるような速さで、眼下の景色は流れ去っていく。

陸は海へ、海は再び陸へ。…時折通り過ぎていく、点々と灯る町の光がまぶしい。



「すごい…!」
「どうだー?うらやましいでしょー?」
感嘆を漏らせば、自慢げな女性の声。

「…もっともっと、高く飛べるんだぞ?」
「え?」
顔を向ければ、にこりと女性が微笑む。
「どこまで、ですか?雲より上くらい?」

「…。どこまでだって行けるわ。それこそ、宇宙の果てまで…ね」
「宇宙…そんなところまで…」

…そういえば、あの子たちは宇宙に行ったんだっけ。マドレーヌを探しに。

見てみたいな、宇宙。…そんな想いを見透かすように、女性が笑った。



「ふふっ。…見せてあげるわ。この世界の、ほんのヒトカケラを」









ばさり、ばさり。力強く羽ばたくと、見る間に大地は遥か下方へと離れていく。
雲が一気に落ちていく。雲から突き出した山や、不思議な大きな樹も落ちていく。



しばらくして、何も落ちていくものが無くなった。そこはただ、真っ黒な世界。
「…何も、ない…?」
「いいえ、何も無いなんて事はないわ。ここにも、何かはあるの。必ずね」









5つの星と太陽とを抜け、光り輝く星粒たちの間を縫い、もっと遠くへと飛んでいく。
やがてそれすらも小さくなり、見えなくなっていく。

「…なんだろ。…寂しい…感じがする」
「宇宙はあるとき、『無』から生まれたわ。…たったひとつだけ、そこに『有』った。
でもそれは、ほとんど『無』と同じだった。宇宙以外、そこには何も無かったから」

マドレーヌは、小さな子供におとぎ話を聞かせるような柔らかい口調で、語り始める。



…寂しい。そう思って、宇宙は太陽と月を創り出した。
太陽は暖かい光を、月は優しい闇を宇宙に齎した。

…でも、まだ寂しかった。

だから次に、星を5つ創った。そこに、新しい命を芽生えさせるために。
火はぬくもり、水は静謐、土は慈愛、風はやさしさ、木はやすらぎ。

光と闇、その5つの中で、命は生まれて、育って、受け継がれた。
今は、星には命が満ちている。生と死の繰り返しが、命というものの形を成してきた。

「…じゃあ、この寂しさは…? 全然満ち足りない、この虚ろな気持ちは…?」

「この宇宙からすれば、それは自分の一部にしかすぎないわ。
そして、星を作ってしまったが故に、宇宙はその全てを知ってもらえない。
…広い。果てしなく広いの。人々にとって、この宇宙は。…だから、知ることを諦めている」

辛うじてソレとわかる星と太陽とを見つめながら、女性もまた寂しそうに呟く。

「それでも、宇宙を知ろうとした人がいた。…この世界の全てを確かめようとした人がいた。
…彼らが望むものを見つけることができたかなんて、私も知らない。…だけど信じてる」



儚げな微笑みを浮かべながら、女性はどこか一点を見つめていた。

「だからこそ、私たちは生きていることを実感できるんだって。
宇宙と向き合ってはじめて、自分と向き合うこともできるんだって」



「そろそろ、帰ろっか。…今見たこと、忘れちゃダメだぞ?」
「はい」
「うん、よろしいっ」
少女の返事を聞いて、女性は優しく少女の頭を撫ぜた。















「私、さ。…今、ここに来ちゃいけないんだよね、ホントは」
「え…?」
飛び上がったときとは対照的に、ゆっくりと降りていきながら、女性は唐突に呟いた。

「…でも、どうしても見ていきたいものがあったから…こっそり来ちゃったんだ」
「見て…いきたいもの?」
「うん。ちょっとした、心残り…みたいなものかな」









地面に降り立った女性は、少女を、少女の家の前にそっと降ろす。

「…ちょっと、聞いてくれるかな」
「…?」

少し屈んで少女と視線を合わせて、女性は言う。









「あなたにはこれから、いろいろな出来事が待ってると思うわ。
真正面から、正々堂々挑んでもいい。ちょっとズルして、回り道してもいい」



「何なら、逃げちゃったっていいの。…でも、目を逸らしたら、絶対にダメ。
あなたがこれから…ううん。生まれてから出会ってきたものには、意味があるの。
目を背けたら、その意味を一生知らないままになっちゃうわ。それだけは、ダメ。
…いいかな?何があなたの前に現れても、一度はそれと向き合ってね。
それが、何かを知るために…何かを理解するために、大事なことだから」

「…はい」

その言葉は、自然と沁みこんでくる。聞いているだけで、ふわふわとあたたかい。



少女は無意識に目を閉じていた。そうすれば、その言葉をしっかりと『理解できる』気がした。









「じゃあ…私はこれで」















あの子達のこと、お願いね。みんな、とてもいい子だから…



「…」









ただそう言い残して、女性は淡い光になって消えていった。



「やっぱり、あなたが…」

少女の呟きもまた、夜空へと消えていく。後には何も残らなかった。















「おはようっ!」
「ああ、おはよ…って」
教室にいたのは、ポモドーロ1人。

「早いんだね、ポモドーロ」
「そっちこそ。…それより、そのカチューシャ」
「コレ?」
少女はカチューシャのリボンに手を触れ、表面をそっと指先で撫でる。
「帰りに見かけて、つい買っちゃった。似合うでしょ?」
「………」

ポモドーロは少しだけ、無表情に黙った。

「…ああ、似合ってる」
「やっぱり!」
似合うと言われて、少女はぱあっと笑う。
「でも、私はマドレーヌじゃないからね」
「わかってるよ。100%同じ人間なんて、双子だけで十分だって」

「でも、さ。やっぱり…俺達は今もどこかで、先生を追いかけてるんだなって…おまえを見てると、そう思う」
「………」

「代わりにはなれないよ」
少女は言う。
「でも、同じことをしてあげることはできるから。相談に乗ったり、勉強を教えたり」
「………」
「ぁ、でも、逆にこっちから相談したり教えてもらったりするかも。えへへっ」



「よろしくね、ポモドーロ」
「…ああ。…よろしく、―――」



「ぁー!何ふたりでいい雰囲気になってるのさー!」
「ズルいノ!抜け駆けはズルいノ!」
「ソウダソウダ!ユウセンケンハオレニアル!」

「…ばかばっか」
だーっと少女に殺到する3人をみて、シュガーは呟いた。















「…先生、昔はあんな子だったっぴかね?」
「だろうな。俺たちから見ても、よく似てる」
廊下の窓から様子を窺う、教師達の姿。
「ちょっとだけぼんやりなところがあったわよね、先生」
「そうそう。だから時々、天然なこと言ったり、ヘンなことしたりして」
ヴォークスと、体格のいい男性と、亜麻色の長い髪の女性と、スケッチブックを持った男性。

「…不思議な気分だよな。いつかの先生そっくりな子に授業するんだから」
「これこそ、運命…かな?」
「…ううん。運命なんて、そんなものはないわ。あの子がここに来たのも、多分偶然」
「先生の仕業とか、ついつい思っちゃうっぴね」

皆して、小さく笑う。

「確かに。あのヒトならやりかねない」
「ま、何だっていいさ。先生そっくりの子が、ここにいる。それだけのことだろ?」
「そうよね。あの子は、先生じゃない。…見てるだけで、よくわかるわ」
「私達も、気をつけなきゃいけないっぴね。…あの子を『マドレーヌ』にしちゃいけないっぴ」






―あなたはあなたになるの。あなたの考えを持った、あなた自身になるの―
遠いかの日、恩師の言葉が蘇る。






「…いつか…先生のことを話してあげたいっぴね」
「…だな」



「ほれ、諸君。今日は打ち合わせがあるんじゃろう?」
いつの間にかそこにいた、青い服の老人。
「あ、校長先生…」

「学校のことは気にせず、行ってくるがよい。懐かしい顔ぶれが揃うのは、嬉しいことだ」
老人は笑った。

「…それじゃ。後はお願いしますよ?」
「ほっほっほ…。ああ、任せなさい」

足早に駆けて行く4人を見送って、老人はふぅとため息をついた。









「時代は移り変わっていく。何かを運んで、未来へと流れていく。
…マドレーヌ君。キミが残したものは…皆、しっかりと受け取って、その手に持っているぞ」









廊下の窓から見える空。



蒼い光が一筋、強く輝きながら、朝の青空を翔けた















fin

…まあ何と言うか、マドレーヌが死んだってのが気に食わなかったので書いた。後悔はしていない。

どうも、腐れ茶です。



この話には主人公が登場しません。代わりに、無名の女の子を主人公のポジションにすえてあります。
マドレーヌそっくりのこの少女が、マドレーヌを失って沈み込むクラスメートを救う情景を…書きたかった。
あと、旧作マジバケとのリンクを試みた…というのがある。

のです、が。ちゃんと描写できたかというと、正直微妙です。ごめんなさい。



…ついでに。『少女』と『女性』は、あえて作中で名前を出していません。
『少女』の名前については各々で考えてもらう必要がありますし、
『女性』にしても、その正体はあえて詳しい描写を避けました。

つまり、少女はマドレーヌの生まれ変わりとは限らず、女性もまたマドレーヌとは限りません。

…まあ、逆にこれらを肯定している歴史も発生しうるわけですが、
そこら辺の『可能性』を認めるか認めないかは、皆様にゆだねるといたしましょうか。



では。またお目にかかる機会があれば、どこかでお会いしましょう。

あでぃおす・あみぃご。



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